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8章 鈴実とレリの散歩




あたしとレリは皆より早く起きてしまって、また寝るのも何だしということで早朝の散歩に出ていた。
それで今現在、あたし達は街の外にまで遠出して林に沿って続く道を歩いていた。でも少し、不安があるのよ。
「……鈴実ぃ」 
「何?」
嫌な予感。こういうものって人間、外れにくいものだってお父さんが言ってたわ。
「えへっ。迷っちゃった☆」 
「やっぱり。通ったことのない場所だと思ったわ」
しっかり迷ってたというわけね。
「ごめん、あたし公園までの行き方しか知らなかった」 
「まぁ、迷うわね。別にレリのせいじゃないわ」
ここに来るまでに幾つかの別れ道もあったことだし。止めなかったあたしも悪い。 
「だけどこの道、どこまで続くのかな? もしも出られなかったらどうしよう」 
「大丈夫よ、ずっと歩いていれば建物も見つかるでしょ」
これは気休めにしかならないけど、暗いムードはイヤよ。
それに、雨が降らなきゃ大丈夫だし、まっすぐに突き進んでいけばいつかは抜けられるはず。
「あ、建物みっけー。鈴実の言うとおりだね」 
え、嘘。まさか林の中に建物を建てるような人間がいるはず……いたのね。
レリの指差す方向には紛れもなく、建物がある。教会みたいな造りをしてる。
そういえば、あたし達が歩いてきた道は歩きやすいように整備されてたわね。
だから何となく道があってる気がしてた、というのも此処に来るまで迷ってるとは思わなかった理由の一つ。
「だけど人が居るのかしら? 今は誰も住んでないかもしれない」
それでも建物に近づいていくと、誰かが中から出てきた。
「あ、ラーキさんだ」 
ラーキさん? 誰よ、それ。レリは嬉しそうに指でその人を示した。
「人を指差しちゃ駄目よ、レリ」
「帰る道を教えてもらえる! 聞いてくるね」
「あたしはここで待ってるわ」
レリがその人に話し掛けるまでを見届けて、改めて林を眺めてみた。小動物とかいるかしら?
そんな気持ちで朝日に輝く木と草花を見つめている途中で、あたしはとんでもない奴を発見した。
「な……なんで」
どうしてパクティがこの林の中を歩いてるのよ! 昨日の今日で、またあいつがいるなんて。
あっちは今のところあたしに気づいた様子はないけど……あ、腕を組んで俯いてる。何か考えるのかしら。
じっとみつめていると、肩を叩かれた。振り向くと、レリと知らない男の子がいる。
「鈴実。ラーキさんに道を訊いたんだけど、キュラって子が案内してくれることになったよ」 
「ちょっとの間だけど、よろしくね」 
「こちらこそ、よろしく」
ニコリ、と笑いかけながらキュラはそう言った。なんだかほのぼのとしてる子ね。清海と良い勝負だわ。
 「あ、そうだ。鈴実、お金持ってる?」 
「持ってるわよ。武器を買うの?」 
昨日、ラミさんが私達も武器を持っていたほうが良いって渡されたお金は少しだけ持ち出していた。
何が起こるかわからないもの、お金はたくさん持ってるのも面倒を引き起こすけど全くないのも困りものだしね
「そうしようと思って。キュラ、武器屋も案内してくれる?」 
「うん。良いよ」
それで話がまとまった後にまた林を見やると、もうパクティの姿は見えなかった。
別にあんな奴のことはどうでもいいんだけど……見かけると不安になるのよね。




「あ。街が見えるよ」
キュラの案内で見覚えのある三叉路にまで出たとき、レリが街の存在を指摘した。
でも、私達の泊まっていた宿がある街とは別物みたいね。それは遠くからでもわかる。
あの街の屋根は全体的に青いものが多いけど、あたしたちがいた街は赤い屋根が主流だったから。
さすがにそれくらいの大きな違いがあるからレリもそれがあたしたちが来た街とは違うことはわかってる。
「キュラ、あの街はなんて言うの?」
「……ああ、あれはザイルゼンって村。街じゃないよ」
「へぇ。あんなに大きい集まりなのに街じゃないんだ?」
「大きさは関係ないよ。区分は、何を生業としているかによるから」
「例えば?」
「村は、農作物と酪農を中心としてること。街は、商業と研究を中心にしてるってとこかな」
道案内として同行してくれているキュラはこっちから尋ねないと何も説明してくれない子だった。
今もこうして、レリが教えてとせがまなかったら街のことは一つも話さずに通過してたわね。
別に無愛想なわけじゃないのよね。話を振れば、丁寧に優しい笑顔付きで相手してくれるし。
話しかけないでいても、いつも笑みを浮かべてる。だから、それで物を尋ねやすいのはいいけど。
でも。自分から何か紹介するってことをしてくれないのよね。それがちょっと、ねえ?
注文付けすぎかもしれないけどあたしたちを送るがてらに案内してくれてもいいんじゃないかしら。
むしろ、そうして欲しい。ただ帰るだけなら道を聞いてそれでさよならしてるところだもの。
「ふーん。じゃあ、キュラたちは村と街からも離れて何してるの?」
「僕たちは魔物の討伐が主な仕事だよ」
「ねえ、キュラ」
「えっ教会なんでしょ? 休日のお祈りの為に準備してるんじゃないの? 他には布教活動とか」
「あー。僕たちが特殊なのかな。僕のいる教会は魔法の使い手を集めて育成するところなんだけど」
「そう。それで聞きたいんだけどね」
「えええぇ。それは教会って言わないよ。魔法学校だよ」
「ううん、魔法学校はあるけど。それとは、別物なんだ」
「うー。じゃあ違いは何なの?」
「ちょっと、レリ! ねえ、分かれ道が三つあるけど。どれを選べばいいの?」
さっきから二人が岐路で立ち止まって会話するものだから先に進めないじゃないの、まったくもう。
するならせめてどの道を行けば街に戻れるのか教えてからにしてちょうだい。
「それぞれの道はどこに繋がってるのかも教えてくれる?」
この一言も付け加えておかないとね。ただ来た道を辿るだけじゃ、また迷子になったときに成長がないもの。
「左の道に進むと海が見えるよ。正面の道に進むと今見えてる町に行きつく。そして、右の道が君たちが通った場所」
海が近いの? まあ、潮騒がしない程度には遠いけど。
この世界の海は綺麗なんでしょうね、環境汚染なんてなさそうだもの。清海に話したら行きたいってうるさいわね、きっと。
「じゃ、右の道に進めば良いんだね?」
そう言う間にも進んでるじゃないの、レリったら。まあ、右の道で合ってるわけだから良いけど。

しばらく進んでいると、また分かれ道にさしかかった。森へと続く道と、その森を迂回するように伸びてる道。
今度は二つしかないけど、一つは封鎖されてるから必然的に進む道は決まった。
森の入口には通行禁止の立て札が枝から下がってる。
しかもご丁寧なことに、森に入れそうな隙間には太い蔓が木と木の間に絡まってすんなりとは通れない。
これじゃ別に勧告がなくても入ろうとはしないわ。だって、入りたくても入れないようにされてるんだもの。
しかも、日が差し込まないくらい深く生い茂ってる。薄気味悪い暗さがあって、虫に刺されやすそうだし何か出てきそうな雰囲気。
まあ出てきたところで幽霊なら対処できるけどね。猛獣だと困るけど。でも猛獣対策には、この蔓程度じゃ不十分よね。
だからきっと、領域を荒らさなければ悪さはしない何かがいるんでしょ。
「この森は通行禁止?」 
「まっすぐ進んだ方が近そうよ。あっちの道は曲がりくねってるもの。でも、この森は進みにくそうだし」
子供なら通れなくもないのよね。特に下側は、かがめば簡単に進入できそうだわ。
あの横幅も、あたしたちなら木と服が擦れ合うこともない。
それに比べて、もう一つの道はいきなりぐにゃっと曲がってるのよね。この森を避けるようにして出来てる。
早く帰りたいのよね。いい加減、日も昇ってきたし。宿を出た頃には朝日も山から顔を覗かせてはいなかったのに。
あんまり帰るのが遅すぎると、皆に心配をかけてしまう。それを考えると、森を迂回する道は使いたくない。
「あたしはこの森を抜けたいな。でも、通れそうにないんだよね」
「キュラはどう思う? 迂回路を通ったほうが意外と早いのかしら」
キュラの考えを聞いて判断するのが賢明な判断よね。
森を一直線に進むことが出来たとしても、整備されてない道に苦労して時間を食うかもしれないわけだし。
それを考えると、迂回路は一定の幅をもって草のあまり生えてない筋がある。きっと、多くの人が通ったからね。
入ってから道を抜けるまで、おそらく歩くことに苦労はしないでしょうね。
まあ、何にしろあたしたちが考えても憶測にしかならないから結局キュラ任せになるんだけど。
「直線的に進めば、森を通ったほうが早いよ。でも、ラーキさんは使うなって言ってた」 
「近いんだったらこの森を通ろうよ」
「特に理由が見つからないなら、この森を通れば良いじゃない」
「うん、でも何だったかな? ラーキさんが理由を教えてくれたんだけど、忘れちゃって」 
「だったら、この森を通るわ。キュラも早く戻りたいでしょうし」  
「うん……そうだね」 
キュラはずっと頭を抱えて思い出そうとした。でも、考えても無駄だと諦めて、キュラも賛同した。
忘れてしまうようなことだもの、大したことないわ。



「あ、湖だ」 
「え? 前に来た時は湖なんてなかったけど」
森に入ってからまっすぐ進んでいると急に視界が開け、大きな湖が見えた。
結構な大きさね。でも、川とは繋がってはいない。じゃあどこから水を引いてきたの?
湖の向こうの溝から水が流れる音がしてる。もとは、あそこからのものかしら。
湖へと近づいていく。キュラの案内だと湖の端、川に沿って歩けば真っ直ぐに森を抜けられるとのことだから。
だけど、それにつれ寒くなってる気がする。この感じは……でも、霊の気配は強くないのに。
「そう、じゃあこれが出来たのはつい最近のことなのね?」
「多分ね。少なくとも、規制のかかる一ヶ月前まではなかったよ」
湖をじっと見ていたら、さっきキュラに水面が近づいた気がした。見間違いじゃ、なかったわよね?
石を投げ込んだわけでもないのに、水が揺れてる。まるで乱暴に珈琲を机に置いた後のように。
レリもキュラも気づいた様子はない。 湖も、その一度きりでぴたりと湖面を揺らしはしない。だけど。
「どうしたの、鈴実」 
また、キュラに水面が近づいた。今度は自信を持って言える。今、湖が動いたわ。
まず最初に水が溢れて、草が水浸しになる。そしてそれがゆっくりと沈んでいったの。
「キュラ、水が」
あたしが言おうとした途端に水が津波のように盛り上がってキュラを襲った。それが、瞬き一回分の出来事。
「え……何が」
「キュラが湖に引きづりこまれたのよ!」
間に合わなかった。キュラは何か言う間もなく、水圧に押されて湖の底に沈んだ。
「えーっ! どうするの鈴実!?」 
「落ち着いて。この湖は普通じゃないわ。迂闊に入れば、浮かんではこれないかもしれない」 
慌てちゃ、駄目。これが原因ね? 森を封鎖するに至った元凶は。
なら、それ相当の対策を立ててからにしなきゃ。湖に飛び込んでも助け出すことが出来ないんじゃ意味がない。
「じゃっ、魔法を使うね!」
「えっ、ちょっとレリ!」
レリは湖に飛び込みながら短く唱えた。それが終わると共に頭から湖に落ちていった。
あたしが呆気にとられていると、レリが顔だけ出して言う。
「ほら、これで大丈夫。服も濡れてないよ」 
「レリ、ちょっと待ちなさい! レリ!」
人の話も聞かずに、レリはまた湖に潜ってしまった。迂闊に動くなって言ったその傍で!
確かに一応は防衛策を講じてのことみたいだけどそれでも無鉄砲すぎるわよ。
「もう、どうすればいいのよ」 
いきなり湖がキュラを引きづり込んで、レリは助けに行って。大丈夫かしら二人とも。
レリは泳げるし、魔法があるから心配は少ないけど問題はキュラ。
泳げるかはともかくとして、水をたくさん飲んでなければ良いんだけど。
この湖、もしかしてアメーバなのかしら? アメーバは、動く液体。湖がいきなり出来るはずもないわ。
「でも……何がそうさせてるの?」
違和感は感じていた。湖に近づくにつれて霊の気配が強くなっていたけど。まさかこんなことになるなんて。
幽霊ならどんなに気難しい相手であれ、対処できる自信もあるけど。それ以外のものとなればお手上げだわ。
物理的な攻撃で何とかできるなら、魔法で叩くなりレリにやってもらえば何とかなるけど。
幽霊じゃない。かといって物理的な攻撃が効くようにも見えない。意思があるかのように動く液体が相手だもの。
空を見上げても目に映るのは鬱蒼と生い茂る木々ばかり。光もあまり差しこまない。何の解決策も思い浮かばない。
あたしはずっと湖の前でレリとキュラが浮かんでくるのをただ待つことしかできなかった。



どれくらいたったのかしら。まだレリとキュラは戻ってこない。この湖の中からは。
ずっと湖から目を逸らさずに。湖から距離は十分にとって、波紋一つも見逃さないように。
時計は宿においてきてしまったからあれから何分経過したのかわからない。
『ギィッ、ギィ』
森の中を風が吹き抜けることもなく、鳥の鳴き声が時折するくらい。
静けさに満ちた空間で、不意に足音がした。……人間の足音ね。あたし以外の。
レリとキュラ? 後ろを振り返ると、どちらでもなかった。それどころか。
「パ、パクティ! なんでこんな場所に居るのよ」
「良いのか? このままじっとしてて」
パクティは問いを投げかけると、そこで足を止めた。
今日は過剰に近づいてはこないようね。でも、いつその間合いを縮めにくるかはわからない。
だから警戒を解いては駄目よ。
「何のことかしら」
本当は何を言ってるのかわかってるけど、とぼけて聞き返す。次はどう動くか。
「人が湖に呑まれたんだろ。ほっといていいのか?」
口を動かすだけで、足は踵までしっかりと地面についてるわね。
今、動く様子はないみたいだけど。
こっちも立ち位置をずらさずに、仁王立ちをして腰に手を置く。すぐに抜き出すことの出来るお札はこのあたり。
もし何か仕掛けてきそうになったら、先手を打つ。その後のことは、そのとき考えるしかないわね。
それだけのことをざっと確認してからあたしはパクティに言い返した。
「あたしに出来ることなんてないわ」
これは本当のこと。原因も正体も掴めない相手を調べることすら出来なければ、対処のしようがない。
何ひとつわからないのよ。どうしてキュラだけ湖にひきずりこまれたか。なぜ短期間で湖ができたのか。
退治する方法を編み出す以前の問題だもの、これは。無闇に攻撃したって徒労にしかならない。
それでも、無駄に終わるだけなまだいいわ。やり直しがきくのならね。
キュラが湖に沈んでから結構な時間が過ぎてしまった。それでもまだ、水中から出てこない。
もう、時間がない。見当違いなことをやってる暇は残ってない。だから、確実な手段を選ばなきゃならない。
それが思いつかないからって、自分の焦りなんかのために適当なことやって一人だけ安心するなんて本末転倒。
解決策がない。だけど、不安から目を背けることはしない。妙案を思いつくまでは誰だって悩むもの。
「だから、此処からは動かないの」
レリがキュラを助けられないという可能性もないわけじゃない。信じて待つことは出来ないけど。
でも、確実な解決方法を得られない限りは梃子でも此処からは動かない。

「この森にいるグードンって奴が肉食性植物を生み出してる、と言ってもか?」 
その言いようは、グードンって奴が元凶のように聞こえた。
だけど、植物? キュラを襲ったのは水なのに。
「そいつを倒すとどうなるの?」
「植物が大人しくなる。湖が人を襲うこともなくなるな」
パクティが言うには、湖の底にいる肉食性植物が人を湖に引き込むとのこと。
どうしてたかが植物が水を操ることが出来るのか、わからない。
だけど魔法が存在する世界だもの。何が起きてもおかしくはないわね。
そんなことよりも、今はパクティから情報を引き出すことのほうが大事だわ。
「この湖の出現はそいつのせい?」
「ああ。グードンがこの森に居つくまで、こんな湖はなかった」
「よく知ってるのね」
その言いぐさだと、キュラみたいにグードンが現れる前の森の姿を知っているよう。
まあ、この近くに住んでいるというのならなんて事はないけど。
パクティの住所なんてあたしは知らないもの。どこに住んでてもおかしいことはない。
「いや、グードンのことを知ってるだけだ」
それだけ解れば、動くには十分よ。だったら、あたしはそのグードンとやらを探さなきゃね。
「そいつのもとに行くわ」
「まあ、そう焦るなって。俺が居場所を知ってる」
「ふうん、まさか案内でもしてくれるわけ?」
冗談混じりであたしが聞くと、ついてこいと言わんばかりにパクティが背を向けて歩き始めた。
信じて良いのかしら。罠だったりしない?
でも、あいつのグードンって名前を出した時の顔は良いものじゃなかったわよね。
虱潰しに探すよりは、マシかもしれない。それでも十分な距離をもってついていくけどね。
パクティも油断ならないけど、遠くからシャァって声が聞こえる。どこかに蛇が潜んでるの?



「グードンってどんな奴なのよ」
「元はこっちの学者だったんだが、俺達を裏切って逃亡した」
こっちって、この世界のことかしら。まあ、情報は追々整理していきましょ。
まず、グードンは学者ってことね。で、そいつが肉食性植物を生みだしたと。
生みだしたとはいっても、植物なんだから自分の手で作ったわけじゃないわよね。
肉食性植物といえば、食虫植物がいる。それをどうにか交配させて面倒なものを作ったってとこかしら。
それがどんなものなのかわからないけど。虫を捕るとはいっても食虫植物が人や動物を襲うことはないはずよ。
「あんた達の仲間だったの?」
「少しの間だけな。鈴実、それが肉食だ」
パクティが不意に大木に寄り添うようにして咲いている花を指で示した。
なんの変哲もない赤い花。
近づいて観察してみると、花びらは六枚。一枚一枚が大きい綺麗な花。
『シュルッ』
「え?」
植物の蔓があたしの足に絡みついた。でも、それをパクティが切った。どこからか出した剣を使って。
すると赤い花が急に萎れた。巻き付いてきた蔓がどこから伸びているのか、目で追うとその花からだった。
赤い花は、大木の後ろから蔓を回していた。
狡猾ね、この花の近くにいたら蔓が視界に入らない。
それをすぐに肉食性だと見抜いたパクティも手馴れてる。パクティとあたしが戦ったら、どっちが勝つかしら?
勝てないにしても、逃げる時に一回くらいは攻撃を凌げなきゃ困る。
「とまあ、肉食性の植物がこんな風に襲ってくるわけだ」
綺麗な姿で人を近くまで引きつけて、蔓で人を捕まえる。食虫植物のよく使う手だわ。
まあ、蔓が足に巻き付いたところで大したことにはならないけど。手で引っ張れば千切れるでしょうし。
「あんたは、グードンと会ってどうするの? 捕まえでもする気?」
「いや。連れ戻せとは言われたが、あいつは一度死んだしな」
話が見えないわよ。全然。逃げた後に死んだのなら話の筋は通るけど。一度死んだ?
「今までの言いようだと、まるで生きてるみたいだったけど」
「どういわけか、甦ったんだよ。だから再殺する」
「はぁっ!?」
あたしにしては珍しく素っ頓狂な声をあげてしまった。
死者が甦る? 嘘おっしゃい、そんなことは誰にもできっこないわ。
霊媒師の家に生まれたあたしでさえ、いまだそんなものをお目にかけたことないのよ。
倫理とかそれ以前にあり得ない話だもの。人は死んだら生き返らないから、霊媒師がやってけるのよ。
「殺すって。連れ戻せって言われたんでしょ。命令に逆らって良いの?」
まあ、どちらにしろ湖が元に戻ってキュラが無事ならあたしには縁のないことだけど。
「要するに、学者がいれば良いってわけだ。別にグードンじゃなくても良い」
「あ、そう」
つまり。こいつは代わりさえいれば殺しちゃおうと何しようが良いってこと?
それから会話は途切れた。グードンがいるという、森の中心地の屋敷に着くまでは。
途中で何度も植物が襲って来たりしたけど、パクティがそれら全てを始末した。



森の一番闇が深いところに一軒の屋敷があった。その屋敷の玄関の前まで来て、足を止める。
湖からの道はだんだんと暗くなり、それにつれて空気も冷えてきた。特にこの屋敷が見えてからは格段に寒さが増した。
たまに植物が襲ってくる以外は嫌に静かで、かえってそれが安心できない。横から襲ってくる時もあった。
魔法とお札で凌ぎもしたけど、左右同時に来られると魔法を言う間もなかった。
まあ、どうであれそれを根絶やしにしたのはパクティだけど。あたしは自分の身を護るだけで済んだ。
パクティの後をついてきたのは正解だったわ。あたし一人じゃどうしようもなかったでしょうね。
最初の頃は蔓が足に絡んでくるだけで害もなかったけど、屋敷が見えてから玄関に辿りつくまでの植物は怪物と呼べるものだった。
花が人の頭を囓ろうとしたのよ? そんなこと、ただの食虫植物ならしない。やることが肉食動物に近い。
植物も少しずつ賢くなってきてるし、一度に襲ってくる数も増えてきた。この屋敷に近づけば近づくほど。 
「ねえ、グードンって弱点とかあるの?」
「いや。だが、倒す手順らしいものはあるんじゃないのか」
倒すつもりなんでしょう、そっちは。
「あいつの体に巻きついている蔓と額の花を切り落とせば人間とは変わらない。そこで心臓を貫けば死ぬだろうな」 
植物を身体に纏った人間なのね。生活しにくそうなことだわ。
「額の花が生命線ってとこ?」
「おそらくは。蔓もすべて切っておいたほうが良いだろう。あいつは身体に巻き付いた蔓の力で甦ったという話だ」 
さきに植物を切っておくほうが無難ってことね。
「甦ったグードンの周囲には何人か倒れていたが、その全員から血液は抜き取られていた」
さしずめ、血を吸って生き返ったというところか、とパクティはことなげもなく推測を語った。
それで生き返るかはともかくとして血を吸うっていうのは、おおよそ人道的な行為じゃないわね。
思わず身震いが起きた。さっきの話に背筋がぞっとしたのもそうだけど、本当に冷える。
パクティは上にジャケット着てるから少しはマシでしょうけど。上着を着てくれば良かった。
「風邪をひきそうだわ」
「寒いのか? だったらこれを着るといい」
「あ……ありがと」
パクティがわざわざ着ていたものを脱いで渡してくれた。
仕掛け、とかしてないわよね。自分が着るものなんだし。
警戒しながらも着てみると、結構暖かい。寒かったのが嘘みたいに気にならない。
でも、いいのかしら。パクティはジャケットの下に着ていたのは袖なしの服だけだったけど。
「パクティは平気なの?」
「ああ、寒さには耐性がある。中の物は好きに使って良い」
「ジャケットの?」
探ってみると、上着の内ポケットの中に固いものがあった。これかしら?
それは薄い金属板だった。底辺は正四角形に近い長方形の箱。耳許で振ってみても何の音もしない。
見た目に反して、重いということもない。金属としての重みはあるけど腕輪一つ分くらいの重量ね。
「鈴実、入るぞ。用意はいいか」
「ちょっと待って。パクティ、これは何なの?」
「んー。ああ、それ? 霊を武器に形成する装置らしいが、俺には扱えない代物だ」
そう言うとパクティは屋敷の扉を開けて中へと入った。あたしも後に続く。
『カパッ』
すると気の抜ける音と共にあたしの視界は降下した。そして、真っ暗闇に包まれた。









『こぽこぽ──ザバァッ』
「けぷっ。はぁっ、はぁ……ど、どうも……あり、が、とう……レリちゃ、ん」
「なんとか助かったね。どうなることかと、思ったけど」
一時はどうなることかと思った。湖に飛び込んでみれば、底に植物が生えてて、そいつらがキュラの首絞めてるんだもん。
それを一本一本引き千切ってたらあたしの首も絞めようとするし。魔法を使おうにも水中じゃ喋れないから呪文を使えなくて。
おかげで時間がかかったよ。あたしに襲ってくるのを撃退しつつキュラの首に巻き付いてる植物の蔓を千切ることになったから。
湖に入る前に使った魔法のおかげでか、あたしは息継ぎをしなくても問題なかったし水を飲まずに済んだけど。
「キュラ、どうしよう」 
ようやく、さっき全部の蔓を千切ってキュラを引き上げたのに。
今度は鈴実がいない。こんな時に、どこに行ったの?
「行こう」
え? キュラ、どこへ……ってああ! もう走りだしちゃってる!
あたしもすぐに追いかけて、横を走りながらキュラに声を掛けた。
「待ってよ、どうしたっていうの!」
「思い出したんだ。ラーキさんが通るなって言ってた理由を」
「理由?」
「植物が人を襲うようになって、この森は封鎖されたんだ」
「さっきのあれ!?」
「うん、それを作った人物がこの森に潜んでることもわかってたんだけど」
「えーっ!」
何で忘れてたの、そんな大事なこと! うっかししすぎだよキュラ。
「三日後には城からの討伐隊が出ることになってたんだけど。きっと、鈴実ちゃんはそいつのもとに」 
もしかして、行ったの鈴実!? 鈴実らしいっていうか何ていうか。正義感強いんだよね、意外と。
それならそれでいいけど。あたしたちが追いつくまで無事でいてよ。
うーん、でも思いっきり無茶していそうな予感。一人っきりだと好き勝手に動くタイプだもん、鈴実は。





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